【本の要約・気づき】『善の研究』西田幾多郎 ――無理に自己肯定感を高めない 自己否定との向き合い方

読書感想

今回は「自己肯定感」と

良い「自己“否”定」について

述べていきます。

自己肯定感 と 自己 “否” 定感

自己肯定感とは

いいかえるなら

「やってみよう!」

という心持ちです。




なぜ、自己肯定感が必要?

この心持ちがなければ

新しいことにチャレンジすることが

できません。



新しいことにチャレンジすることで

人は自己成長し、幸福感を味わえます。



新しいことにチャレンジ、とは

大きな目標のことだけではありません。

趣味、料理、園芸、イラスト作成、

ダイエット、資格取得などなど・・・



最初の第一歩を踏み出すのに

自己肯定感が必要なのです。




自己否定感とは

自己否定感とは

「どうせ自分は・・・」

「やっても挫折するだろう」

「無理に決まってる」

という心持ちです。




自己否定感があると

自己否定をすると、

新しいことにチャレンジ

することが

難しくなります。




“良い” 自己否定

「絶対の自己否定において、自己を持つ」

日本の哲学者、西田幾多郎に

「絶対の自己否定において、自己を持つ」

という言葉があります。



絶対の自己否定というと、

自分を握り潰すような

我慢するかのような

気がしますが、

そうではありません。



この自己否定とは

「小さな自分を手放す」

という意味です。



自己を中心とした

物事の考え方ではなく、

もう少し大きい“自分”が

あるのではないだろうか。



他人との関係性を

意識したとき、

開ける道もあるのではないだろうか。



という意味です。



自分を否定しているときは

目の前が真っ暗で

八方ふさがりになります。

しかし、

このとき、

自分は

自分のことしか考えていません。



この自分中心になっている的(まと)を

少しずらしてみると、道がひらけます。



それを西田は言いたかったのだと思います。




【本の要約・気づき】『善の研究』西田幾多郎 ――日本最初の哲学書 Part8

(次回リンク予定地)

善の研究 (岩波文庫)
真の実在とは何か、善とは何か、宗教とは、神とは何か――。主観と客観が分かたれる前の「純粋経験」を手がかりに、人間存在に関する根本的な問いを考え抜いた西田幾多郎(1870-1945)。東洋の伝統を踏まえ、西洋的思考の枠組自体をも考察対象とした本書は、以後百余年、日本の哲学の座標軸であり続ける。改版(注解・解説=藤田正勝)

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